~「自由に!」相手を信頼し「居場所を作る」スペシャリスト~
藤原智子 (ふじわら・ともこ 誕生日 12月27日)

自由に憧れる子供時代

子供の頃は、親から「あまのじゃく」だと言われるほど、人の期待をした答えを返さない子供だった。自分ではそんなつもりはないが、どこか冷めた感覚で目の前の起こる状況を見ていた。

進路の事で悩んで泣いている同級生の女の子を見て、なんで泣いているのか不思議だった。
一喜一憂している友達を見ていても、自分自身は乗り切れない気持ちでいた。
今から考えると客観視をしていて、執着もしないし、固執もしない性格だった。

そんな私を周りの人は「情がない子。」と言っていた。

小学生の時に漫画「ガラスの仮面」を読んで、演劇部に入った。
演劇は熱中できた。物語の中の自分を楽しむ感じがたまらなかった。
「異世界」にいる感覚になれるのが楽しかった。
クラスメイトと共有できない感じを部活で共有していた感じだ。
自分の居場所をどこか違う場所に置いておく感覚が好きなのだ。

高校に進学。制服なしの学校でしかも家の近所。ツッカケを履いて登校していた。
この時、やっと教室に縛られないで済む時間ができたと感じた。
教室に自分の机があっても、授業の時間以外、他のどこにいってもいい自由さがあったので、クラスメイト以外の仲良くなった友達とも楽しむ時間が増えた。
「自分で決めて、自分で自由にしていい時間」を私は求めていたのだ。

自由なはずの大学が…そこで「新たな世界」と出会う

「大学生になるとさらに自由になれる」という誰かの噂に期待をして西洋史学科に進学。
歴史はそんなに興味がなかったが、とにかく大学へ!と受験戦争と言われた時代の進学だったため、特に行きたくて入った大学ではない。
ぜんぜん面白みを感じなかった。

毎日の授業も地味で退屈なものだった。

そんな中、唯一夢中になれることがあった、それは「英語の勉強」。
今までと違った言語で何かを話し、伝わる感覚が面白かった。
夏休みの間に、語学学校に行って、海外の自由な文化を感じた。
そこでは自分で24時間全部決められる。
すごく刺激的だった。
誰とどう過ごすかを決められる楽しみ。
それがたまらなかった。
なので夏休みが終わり、日常の大学生活に戻るのがすごく嫌だった・・・。

とにかく海外へ!と思うようになっていく。
「異世界へ」がキーワードが明確になって行く、やはり目の前に起こる事、変化していく状況が好きだったのだ。
就職も旅行会社に行きたかったが、人気で競争倍率が高く、入るのが難しかった。
しばらく兵庫県の予備校の事務で働いた。そこも退屈で仕方がなかった。

「旅行したいな・・・。」という想いが常にあった。

24歳で結婚。
それを機に予備校をやめ、派遣の旅行添乗員として働きだす。
念願の海外にも行けるお仕事!求めていたものが手に入った!

最初のうちは楽しくて仕方がなかった。
しかし、現実はすごくハードな仕事だった。

一人で団体を連れて海外を案内する・・・
ハプニングの連続だった。

バスやホテルの手配がうまく行っていなかったり、違うホテルに連れていかれたり、お客様を乗せないままバスを出してしまったり・・・。

とにかく毎日が綱渡りの状態になっていた。
「異世界」に行くことができたとはいえ、「変化」を求める私は、コレが「したい事」ではなかった。
そんな最中、妊娠がわかって、退職。

妊娠生活は窮屈な生活

子供を産まずに働いておこうと思っていたが、ある時、子供が欲しいなと思うようにっていた。
そのタイミングで子供ができたので、海外に一人で仕事をしにいく添乗員の仕事もできなくなり、「あ、おわっちゃった」って感じで退職をすることに。

専業主婦になった。
しかし・・・退屈・・・。

スーパーのチラシとテレビは、毎日同じことばかり言っている。

やることがないので、当時最新のオンラインで世界とつながる事ができると大々的に謳って話題だった「ファイナルファンタジー」のオンラインゲームをやっていた。

とにかく広い世界と繋がっていたい。そんな思いだけでオンラインゲームをした。
窮屈なのが苦手なのだ。

無事に出産後・・・その後に美容業界へ。

無事に出産・・・したものの、私は太った「おじさん」になってしまった。

身なりも気にしない女性としてはある意味最悪な状態。まさに「おじさん」だ。
『綺麗にしたい。』  と強く想うようになった。

そんな時、同じマンションの一室で「美容サロン」を始めた女性がいた。
誘われて行ってみることに。
そこで『自力でどうにもならない自分の身体』を自覚した。

この瞬間、美容に目覚めることになる。

しかし、私の親は『美容でお金を使うのははしたない』という感覚の人だったので、最初に意識のブロックがかかった。

親の言うお肌や体のケアはしない「普通でいい」という感覚を拭い去って行くために私自身が変わらなければならないことに気づく。

初めてサロンにいく

初めてのこのサロンは、大手通販会社の直販部門の代理店だった。

補正下着やサプリメントなどの痩身のコースで、身体に結果を出していくことで、お客様の夢を本当に叶える場所だった。
体験してみると、ナント2か月で結果が出た。自分がどんどん変化していくことに驚いたし、なによりも嬉しかった。

そんな中でも私は、得意の客観視で、「ツール」を正しく使えば簡単に結果が出る事を分析していた。
しかも部分的にも変えられるんだという事もわかり、すごく納得ができた。

使っていた補正下着などの商品は大手の物だったし安心感もあった。

私自身が痩せていくのをみて、また別の同じマンションに住む女性(=のちにサロン・ド・ポムの店長となる水田さん)が見ていて、すごく興味を持っていた。

そこで彼女に手紙を書いて、誘って次の日の夕方には一緒にそのサロンに行くことになった。
彼女も体験していくと、確実に変化と結果が出て行ったのだ!

それを見て、すごく嬉しかった。

「人と関わりながら変わっていく。」ここに私の考えの原点があると確信した。

身体が変わると、心も変わる。

サロンに通い、自身の身体に変化が出てくると、心の状態が変わっていった。

「体が変わると心が変わる」。
コンプレックスがなくなると、自分の事を許せるようになり、優ししくなれることが分かった。

その変化が面白いと感じた。

そして、結果がしっかり出た私に、その大手通販会社の強い推薦もあり、サロンを始めることにした。
「身体の内と外、心の美しさを作りましょう。」をモットーにしたサロンを京橋のマンションの一室で開業。
研修プログラムも受けて、事業のサポート・アドバイスももらって進めていく。
当初は特殊な知識がなくても、結果が出せる物販がメインのビジネスをしていた。

進めていく中で、どうしても必要になってくる美容の知識をどんどんインプットしていった感じだ。

商品の質の低下?!このままじゃお客様に喜んでもらえない?

2012年9月。
スタッフも増え、お客様増えてきた。お店が手狭になったので、今の京橋のテナントに移転。
場所が変わると、今までのお客様は、ついてきてくれる方もいらっしゃれば、離れていく方もいらっしゃった。寂しさを感じずにいられなかった。

そんな中、代理店をしていた大手通販会社の大元の事業の低迷により、自社開発していた補正下着の商品の質が明らかに低下してきた。

お客様に今までと同じように販売をしていくことは、嘘をついて行くことになってしまう。
実際に、ちゃんとした補正下着がないと、体形が変わらない。
補正下着は身体のサポートする、プロポーションだけじゃなくて、動きをサポートするものなのだ。

「このままでは、お客様は離れてしまう。だけど嘘をついての販売は絶対にしたくない!」

葛藤の中、大きな決断をした。
メイン商材であった代理店先の商品の取り扱いをやめることにしたのだ。
途端に売る商品がなくなったのは当然の事だった。

代わりになる本当に良い商品を探し出さないといけない!!

必死になって次の商品を探した。
すると、以前取り扱っていた商品と同じくらいのクオリティの補正下着を扱うメーカーを発見!
「これならお客様に自信をもってすすめられる!」

この経験が、
「お客様に自信を持って勧められるものを出していく。そうじゃないものは入れない。」
「お客様がちゃんと継続ができる、本当に大切なものをお勧めする。」

というサロン・ド・ポムのサービスコンセプトのきっかけとなった。

補正下着をメインにした体型づくりサポートだけでなく、サプリメント、ボディケア用品を販売し、ココに施術が加わるコンセプトでサロンを運営していくことにした。

大手通販会社の事業の弱体化がひきがねになったとは言え、その会社から、本当に良いものとは何かを教えてもらった。そのことにすごく感謝をしている。

居場所を作る!!

大手の販売代理店から離れたという事は、より「私が作るサロン」という意識が高まった。

このことはオープン当初からあった「居場所作り」という自分の中のコンセプトをより形にしていくことになる。

結婚し、子供を産むと「~~さんの奥さん」や「~~ちゃんのママ」と呼ばれるようになる。ちゃんと名前もあるのに、自分が自分であれる場所を作ろうと思ったことがきっかけだった。  お客様の居場所作り、スタッフの居場所つくり。
それは現実にある日常から切り離された空間と時間が過ごせるし、ここに来ると誰もあなたを傷つけない、思ったことを言葉にしてしゃべって、素の自分を出してもいい場所。

夢を与える場所でもあるし、私たちがお客様の夢を少しでも受け止めて答えていける場所にしたい。

それはスタッフ自身がココに居場所があるから受け止められるのだ。
実際に、お客様の身体を預かることはヘビーな事。しかし、お客様とご縁がなければこのサロンにお越しになっていない。お客様自身が「変えたい自分がいるから、ココに来ている。」

そうなった経緯にドラマがあるに違いない。職場で辛い思いがあったとか・・・。
家庭でなにかあったとか・・・。とにかく話を聞かないと改善点が見つけられない。
お客様一人一人のドラマを聞くと、たいていしんどい状態の現実が如実に表れる。
「それをつづけますか? しんどい状態から改善しますか?」と問う。

みんな好んで今の身体になったわけではない。
お客様のお話の中に、必ず小さなヒントがあるはず。それを見つけ出せるセンスがないといけないんです。
だからお客様が、気分よくしゃべってくれる居場所作りをすることが、喜んでいただける結果を出す一番近道だ。

サロンのスタッフは、お客様だった人に働いてもらうようにしている。
その方がお客様の気持ちをよく理解できるからだ。喜んでもらえる事がわかってる人だと、よりよいサービスを提供できる。

だから私は施術はしていない。
施術はスタッフに任せている。
一生懸命取り組んでくれてるスタッフたちとの技術の差もでてきた。
全体のマネジメントに集中することにした。

するとお店の事、サービスの事などを一緒に考えて行ってくれることが嬉しいし楽しい。

スタッフからも、こんなサービスを取り入れたほうがいいという意見を聞くようにしている。
意見や提案をもらうときに、一応は体裁を整えて話を聞くようにしているのだが、心の中では「絶対に良いこと言うに決まってる。」
と思いながら聞いている。実際にお店が良くなっていく意見しか出ない。

実際にお客様からスタッフになってるので、お客様の時に、嬉しかったことをやろうとしてくれるし、お客様にとって最善な事を届けようと提案してくれることがすごくうれしい。

今、目の前に置かれてる環境や状況に縛られない自由さは、私自身もこの居場所で自由にさせてもらっている。

現実の異空間で変化を面白がりながら、お客様と一緒になって変化にチャレンジしていくのが面白い。だから毎日が楽しく、イキイキしていられる。

 

 

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